猫と暮らしと

4匹の猫とのんびり暮らし

まぁちゃんのお参りと、こみ上げる思い

今日はまぁちゃんのお参りに行ってきました。

私が家でインターネットが出来るようになったのは1996年。
広島に来た年で、まぁちゃんが8歳の時です。
個人が発信するブログが普及し始めたのは2002年、爆発的に増えたのは2005年だそうです。
その時はまぁちゃん17歳。

もしまぁちゃんの小さい頃から今のようにネットを通して多くの方々の体験やさまざまな工夫、ごはんや病気のこともこうして知識を得ることが出来ていたなら、自分だけでは気付く事が出来なかったことも改善してあげられたのではないかと思っています。

猫と暮らすのは初めてで、無知な私だったのにまぁちゃんは19年8ヶ月一緒にいてくれました。
まぁちゃん自身が好き嫌いが激しくてドライフードは全く食べず、ウエットでもプレミアムフードなどの部類はダメでスーパーに売っているような種類のものを好んで食べていました。
ネットで良かれと思えるものを取り寄せられるようになったのも晩年のことでしたが、やっぱり今までのようなものしか食べてはくれませんでした。

それなのに、亡くなる少し前にした検査でも、多くの高齢猫がなりやすい腎不全を示す数値も正常値で、全くの健康体でした。
先生はまぁちゃんのことを、老衰だとおっしゃいました。そういう子はなかなかいないからすごいと。
そして、老衰がゆえ栄養剤を処方するしかなく、これ以上してあげられることはないとおっしゃいました。

それでも、もしかしたら今ならその頃のまぁちゃんにぴったりの、高カロリーで素晴らしく美味しいなにかとってもいいものが新しく出ているのではないかと時々考えてしまいます。
タイムスリップ出来るわけではないのに、それを持って時間を遡りたいなと。

恥ずかしながら、私はまぁちゃんは死なないと思っていました。
ずっと一緒にいるものだと思っていました。
もしまぁちゃんの命が尽きるときには私も同じように自然と私も息絶えるだろうと漠然と信じておりました。パトラッシュみたいな感じで。
なのにフランダースの犬にはなれず、今も私は生きています。
なにも受け付けられなくなったまぁちゃんに、最期に大好きだったプリンを舐めさせてあげられたことだけが私を後悔の念からわずかに救ってくれています。

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まぁちゃん、今は4匹も猫がいて家の中は毎日すごいことになっています。
でも、みんなが元気に走り回っている中にはまぁちゃんがいません。
まぁちゃんがいなくなってもう何年も経つのに今頃になって泣き始めてごめん。
やっと実感してきたのかな。

今日もお参りしながら見上げた空は、雲もなく透き通るような青空でした。
でも、まぁちゃんが煙になった6月の空とはやっぱりちょっと違います。
まぁちゃん、また冬がくるよ。

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