猫と暮らしと

4匹の猫とのんびり暮らし

しろさんの気持ち

『俺はまぁちゃんに出来ることは全部やったつもりだ。お前はまぁちゃんに何をしてやったんだ!?』
しろさんのこの言葉は、きっと全てを意味するんだろう。
しろさんは、だから亡くなってすぐに泣けたんだろう。
本当に淋しかったんだろう。辛かったんだろう。

私は会社に勤めている間、毎日昼休みにまぁちゃんを見に帰っていました。
入院中もいつも外出をとってまぁちゃんに会いに帰ってました。
でも、私は退院してから何事もなかったかのように会社の目の前に住むことが出来ませんでした。
裁判をしながら、加害者の目の前に住むことなどどうしても無理で家を出ました。

まぁちゃんに会いに時々帰ってはいたけれど、しろさんに任せきりでした。
まぁちゃんは耳が聞こえなくなっても足が悪くなってきてもひとりぼっちでした。
1日中ひとりなら老化も進んで当然。
私には時々しか会わないのだから忘れていっても当然。
最初はきっと、なんで帰ってこないんだろ 、まだかなってずっと待ってたと思います。
でも帰ってこなければだんだんと諦めてしまっても仕方がありません。

しろさんとこの2年はほとんどふたりだけで暮らしていたんだから、私は泣くことも悔やむことも出来るような立場ではありません。
まぁちゃんとずっと一緒にいるという約束を破りました。
なにもわからず純粋でまっすぐな猫はどう思っただろう。
だんだん身体が言うことをきかなくなっていく怖さを、昼間はひとりで耐えてたんだと思います。
私はまぁちゃんに嘘をつきました。そしてあれだけ弱ってしまった頃にやっと戻りました。もう遅いです。耳の遠くなったまぁちゃんに私の声は聞こえません。

動く事が出来た最後にまぁちゃんが倒れながらも自力でたどり着いたのはしろさんのベッドでした。
最期を迎える時もし自分で動けたならば、私の腕の中ではなくしろさんの所にいたかったのかもしれません。
亡くなる前に目を覚ました私が見たまぁちゃんは犬のように口で呼吸をしていて、抱いて家の中をうろうろし空を見てから布団へ寝かせるまでもその状態でした。
私の腕の中で暖かかったまぁちゃんは、目も口も開けたままでした。

本当はしろさんの所にいきたかったのかもしれません。
まぁちゃんは動けなかっただけで、叫べなかっただけで、しろさんに抱かれて最期を迎えたならば、目も口もを閉じ穏やかに眠った顔をしていたかもしれません。
私の携帯には、最期のまぁちゃんの顔の写真があります。
朝になったら病院へ連れていき、先生に見せて処置を頼まなければと思ったから。
でもそれが最後に撮ったまぁちゃんでした。
まっすぐ見据えたまぁちゃんの顔。目は見えていたんだろうか。

私は供養に行ったり涙を流したり出来るような人間ではないんだと思います。
うそつきです。あんなにまっすぐな子を、約束を破って置いて行きました。
自分の苦痛から逃れるために。

まぁちゃんはこの家でずっと暮らしていました。ここがまぁちゃんの家でした。
私の都合で連れていこうだなんてことも、まぁちゃんには知ったことではありません。
全てはしろさんの言葉に表されるとおり。
置いて出てまで闘い、終わった結果が今の私。ボロボロになっただけでした。
そしてまぁちゃんも失いました。

私の選択は間違っていたんだと思います。
この2年間の闘いもおそらく意味を成さなかったんだと思います。
病院へ初めて通った頃、しろさんに初めて会社を辞めたいと言った頃、その頃に会社なんてすぐに辞めてればよかったんです。
病気がここまで悪くなることもボロボロになることもなかったはずです。
少なくともまぁちゃんとずっと毎日24時間一緒にいられました。

悔やんでも、まぁちゃんはかえってきません。ごめんねも聞こえません。
魂だけじゃなくてちゃんと姿があってほしいよ。いっぱい抱っこして、いっぱい撫でて、私の声を聞いてほしいよ。手を繋ぎながら寝息を聞きたいよ。

全ては私の罪で、私は許されないことをしました。
たくさんメッセージをくださってありがとうございます。心配をおかけしました。
本当にありがとうございました。

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